【雨】
雨が降っていた。
ザアザアと降りしきる雨。
濡れた身体を抱え、立っていた。
目の前には何もない。
ただ…闇だけ。
足跡だけが耳を塞いでいた。
友人だった人。
〈好き〉だった人。
〈憧れ〉だった人。
いつも一緒にいたかった人。
あんなに、優しかった人なのに。
雨が強くなった。
心を濡らすように。
寒くはなかった。
ただ…心が寒い。
両目から涙が溢れた。
『好きです』
勇気を出して告げた。
この想いを知って欲しかった。
あなたといた時間は幸せだった。と―
身体が震えた。
涙が雨とともに零れて消えた。
目の前はまだ…闇だけだった。
逃げた。
あの人から逃げた。
好きだった人から。
恐ろしい存在から。
必死に逃げた。
あの人は笑った。
いつもと同じ顔で、
優しかった表情で、
笑った。
でも―
違っていた。
衣服を裂き、手足を拘束し、嘲笑うかのように辱しめた。
『思い出を作ってやる』
そういったあの人の顔が別人に見えた。
それでも、まだ…
あの人を憎みきれない。
雨はまだ降り続いていた。
凍えた心はまだ溶けない。
いや、一生溶けないだろう。
雨が降り続いているから…。
歩きだした。
震える身体を引きずって、闇の中へ。
また、涙は止まらない。
傷ついた心を胸に抱いて。
今日は静かに眠れるだろうか。
あの人も自ら犯した罪を抗っているのだろうか。
その命枯らすその日まで。
雨が止んだ。
凍えた心も溶け始めている。
やっぱりあの人が好きだった。
あの人じゃなきゃ駄目だと気付いた。
いつの間にか晴れていた。
今は幸せだった。
あの人が、
好きだった人と一緒だから。
もう心が凍えることはないと思う。
雨はすでに止んでいるのだから。